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第11回 文体の話

はじめに

機能語編に移る前に、訳文に関する全体的な問題、すなわち文体論について、簡単にお話ししておきたいと思います。詳細は機会があれば後にお話しします。

語調

訳文に対する第一印象は、文体と用語で決まります。原文の理解はまずまずなのに、表現が拙いばかりに低い評価しか受けられない翻訳者が時々います。その一人は、自分の翻訳観からか、必ず受動文を「させられる」、its を「それの」、since を「〜から、」と訳すため、文章の品位が落ちてしまいます。これを「される」、「その」、「〜ので」と直すだけで大分ましになるのです。表現力は個々のセンスに関わる問題なので一朝一夕に解決できることではありませんが、この点に気をつけると良いというポイントがいくつかあります。

口語と文語

まず、余り俗っぽい言葉、口語的な表現を使わないことです。since を「〜から」とするのもこれに当たります。「〜したら」とせずに「すると」、various 「いろいろな」とせずに「様々な」「種々の」とすべきです。may 「かもしれない」「かまわない」、now 「これから」、that is 「つまり」なども乱用すると文章の品位が落ちるので、使用に注意する必要があります。

逆に、古めかしい言葉も、堅めの文章中ではともかく、軟らかい文章の中で使うと場違いになります。thus 「かくして」、not so 「さほど」、such 「かかる」、further 「さらなる」など文語的な表現は便利ではありますが、違和感のないように注意すべきです。

次に大和言葉と漢語の問題ですが、技術文書中で make を「作る」と訳すと口語的すぎるので「作成する」に直します。特に動詞については、漢語動詞の方が扱いが便利です。一つには、大和言葉では動詞の名詞形が落ち着きません。「送り」と言えず、「送ること」としなければなりません。漢語では「送信」「送出」ですみます。もう一つは受身形で、「受け取られる」というと落ち着きが悪いですが、「受信される」「受領される」とすれば自然です。It is recommended は、ですます調では「〜ようお勧めします」と訳せますが、である調では「〜ことが推奨される」と訳さざるを得ません。逆の場合もあります。create を「創造する」「創出する」と訳すとしっくりしないことが多いのですが、「生み出す」「作り出す」とすると違和感がありません。英語の語源を考えて、select を「選択する」、choose を「選ぶ」など、ラテン語系のものは漢語で、ゲルマン系のものは大和言葉で訳すこともありますが、訳し分けるなら語源よりもむしろ語感によるべきでしょう。

舌足らずと冗長

次に、舌足らずの文章にならないよう注意すべきです。by 〜 ing を「〜することで」と訳す人がよくいますが、きちんと「〜することによって」とすべきです。もう少し詳しく言うと、次の言葉に直接かかる場合はそう訳し、述語などずっと後の言葉を修飾している場合は、「〜することにより、」と訳すと、読んでわかりやすくなります。「〜であり」「〜であって」とすべき所を「〜で、」とするのも余り感心しません。場合によっては、「〜、」とする方がすっきりします。「〜することができる。」を「〜できる。」とするのも舌足らずです。ただし文中では、条件によってはこの形も可能です。

逆に、冗長な表現も避けるべきです。its を「それの」とするのもその一例です。「その」で十分です。that などと取られたくない場合は、元の名詞を使って「〜の」とすべきです。受身を「させられる」と訳すのも冗長です。be caused (forced) to の場合にこう訳します。that を「〜ということ」、the fact that を「〜という事実」と訳す必要はなく、「〜こと」で十分です。その他、「有する」「含む」などの状態動詞は、このままでよく、「〜している」という必要はありません。

助詞

助詞「の」の繰返しは、ワープロの文章校正でも引っかかるように、避けるべきです。「によって」「するために」も重なると変なので、別の言い方を考えます。

助詞「は」と「が」は、区別して使うべきです。一般に主語が初出の場合は「が」、既出の場合は「は」が付きます。「昔々ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山に柴刈りに」というわけです。ですから自動翻訳ソフトでは、主語に不定冠詞が付いている場合は「が」、定冠詞の場合は「は」と訳が出るようになっています。次に、「は」は主文の場合にしか使えず、副文の主語は「が」で受けます。特許のクレーム(特許請求の範囲)は、名詞止めの one sentence という特殊な文体で、当然「は」を使うとおかしいのですが、副文の主語を「は」で訳している人が沢山います。ただし、「は」にはもう一つ、対照を表す働きがあり、この場合は副文中でも使えます。

文頭に前置詞句で話題を提示するときは、一般に「は」 (またはその変形ば) が必要です。In this paper は「本論文において」ではなく「本論文においては、」と訳すべきです。「本論文では、」とすることもできます。According to this invention は「本発明に従って」ではなく「本発明によれば、」です。

英語につられて変な表現になるというのもよくあります。suitable to は「〜するために適切な」ではなく「〜するのに適した」です。request A from B は「Bから要求する」ではなく「Bに要求する」です。Let x be the length of 〜 は、直訳して「xを〜の長さとする」とするのは変で、日本語では「〜の長さをxとする」というはずです。

英語由来のカタカナ動詞を使う場合、その言葉に類似の日本語動詞に準じてテニヲハを使うのが普通です。access to 〜 を「〜をアクセスする」という人がよくいますが、日本語に直せば接近なので、「〜にアクセスする」とすべきです。load A with B は load B (in)to A という言い方もありますが、日本語では「AをBでロード/装入する」とは言わず、「AにBをロード/装入する」と言うはずです。

その他

その他、ものについて言っているのに each を「各々」「各自」と訳すのは間違っており「それぞれ」「各」とすべきです。itself を「それ自身」、its own を「それ自身の」と言うのも変で、「それ自体」とすべきです。

最後に、句読点の打ち方があります。一句毎に打つ人も中にはおりますが、一般に足りません。特に、一行未満の短い文でない限り、主語の後には「、」を打った方が読みやすくなります。なお、文の構造がわかりやすいようにと、英文に合わせて句読点を打つ人がいますが、日本語には日本語流の打ち方をするのが適切です。and なら、"と"と訳す場合には「と、」とし、"および"と訳す場合には「、および」とします。「〜ことを、特徴とする」と言うのは変ですね。

追加処理

原文をそのまま訳出するだけでは不十分で、以下のような処理を加えることがしばしば必要になります。

補足

まず、日本語らしくするには、代名詞や先行詞を元の名詞に復元する必要があります。「それ」などの代名詞は必ずしも日本語の文脈になじまない上に、そのままでは理解し難いので、元の名詞に戻す必要があるのです。勿論それには内容の理解が不可欠です。代動詞の do も、元の動詞に戻してやる必要があります。

a particular one of the plurality of consecutive time periods
*連続する複数の時間枠のうちの特定の時間枠
at temperatures below those at which solder joints can be formed.
*はんだ継手が形成できる温度より低い温度で

もう一つ重要なのは、共通修飾句の補足です。英語では修飾語や被修飾語が共通する場合、1回しか書かない習慣ですが、和訳では少なくとも被修飾語や述語は省略すると誤解を招きやすいので、忘れずに補って訳します。複合語になっている場合も同様です。

between the adjacent light and dark regions
*隣接する明領域と暗領域の間
Undesirable waveguide input edge effects are avoided and also is disproportionate attenuation of high order mode.
*望ましくない入力エッジ効果が回避され、不相応な高次モードの減衰も回避される

その他、英語ではおかしくないが、日本語では何か補わないとおかしい表現が沢山あります。

the apparatus proposed
ここで(本明細書で)提案する装置
the invention disclosed
ここで(本明細書で)開示する(本)発明は

なお、「提案の装置」、「開示の発明」と言う訳し方もあります。


correspondingly :それに対応して
accordingly :それに応じて
for simplicity :話を簡単にするために
for clarity of :図が見やすいように
A plus B :AにBを加えた和(結果 値 もの)
A divided by B :AをBで割った

単語レベルでも、特に抽象語で具体物を表す場合などは補足が必要です。訳出しないこともありますが、少なくともどの意味か理解しておく必要があります。

control :制御() 制御機構 制御信号
input :入力(信号) 入力 入力端子
logic :論理回路機構
access :アクセス(権)
 cf. have an access to :〜にアクセスできる
redundancy :冗長構成 dependency :依存関係
correspondence :対応関係 correlation :相関関係

学科名も具体的な意味でよく使われます。


electronics :電子回路 optics :光学
chemistry :化学的性質 geometry :幾何形状
consideration :考慮事項、考慮すべき点

この「〜事項」と訳すやり方は、翻訳者の間でよく行われているもので、便利ですが、私自身は余り好まず、個別に状況に合わせて訳しています。

形容詞でも補足して訳すと座りがよくなるものがあります。

active :活動状態(の) conductive :導通状態(の)

次の語は、複合語中では自然ですが、単独では落ち着きが悪くなります。

source 源、供給発生源  cf.heat source熱源
species 種、化学種  cf.ion speciesイオン種

最後に、also や too がなくても「も」と訳すべき場合があります。in addition、alternatively などがある場合がそうです。

省略

逆に英文にはあるが、訳文では省略すべき場合は余りありません。主文と副文の主語が共通で、主文の主語を頭に置いて「は」で受ける場合、副文の主語は省略するのが普通です。また、次文の主語が前文と実質上同じ場合(通常は代名詞)、紛れがない限り次文の主語は省略することができます。

省略ではありませんが、逐語訳より簡略な表現ができる場合はよくあります。

means for doing
*するための手段 、する手段、(前記選択)手段
As mentioned above
*前に述べたように、前述のように

言換え

構文については構文編で詳しく述べましたが、その他にも頭を一ひねりするとうまい訳ができることがあります。接続詞 before が後置されている場合、「〜してから、」と訳す方がニュアンスがよくでる場合がよくあります。単語でも、裏返して訳すとうまくいくことがあります。

bad :不良の  poor :不十分な
moderate :余り大きく(高く etc)ない

直訳すると日本語として不自然な表現は、普通の表現に直して訳してかまいません。英文でも日本文に近い形の表現もあることも多いのです。

Figure 1 shows 〜 = In Figure 1 is shown 〜
*図1に〜を示す。

ただし、不要な言換えは、たとえ意味は変わらなくとも行わない方が賢明です。誤解、誤訳の元ですし、原文の流れを変えない方が訳文も落ち着きます。

system :× 装置、(複合語で定訳となっている場合は勿論別です)
at least one :× 1つ以上の、○ 少なくとも1つの
such as :× たとえば、○ 〜など
including :× など、○ を含めて

so that も「〜ので、」と訳す人がよくいますが、「〜であり、したがって/その結果」と訳す方が、主文と副文の関係を忠実に再現できると思います。

語順

同じ語句にかかる複数の修飾語句をどんな順序で並べるかによって、訳文のわかりやすさが変わります。英文にも和文にもそれぞれ固有の順序があります。原文の順序で訳すだけが能ではありません。

連体修飾句は、日本語では一般に、

形容詞節+連体詞+連体助詞句+用言連体形+名詞

の順に並べるのが自然だそうです。連用修飾句は、

副詞節+副助詞句+副詞+用言連用形+述語

の順になります。格助詞は、次の順序になります。

時間に+場所にで+主格が+与格使役に+起点から、着点にまで、方向へ+具格材料で、依拠に、状態で+対格を、共格と、原因理由でに、付着に+補格とに。

勿論これは一般論であり、各修飾句の長さや意味内容に

よって実際の順序は代わります。より長い修飾句はより前に、すなわち被修飾語からより離れたところに置くのが通則です。

原文と訳文の語順が異なるときは、被修飾語が最初に出てくる位置の前に修飾句を移動します。ただし、機械的に移動するのではなく、できた文章を吟味する必要があります。本来修飾語のついていたところにも修飾語(少なくともその一部)を繰り返した方がよいことがあります。

主語が短く目的語等が長い場合は、主語を述語の直前にもってくるのが定法とされていますが、主語が内容的に重要な場合は前に置いて最初に提示しておかないと訳文が理解しにくくなります。話の主題となっている目的語についても同様です。逆に、主語が重要でない場合は、後ろに置いた方が賢明です。

Those skilled in the art will appreciate that〜 :
× 当業者は、〜ことを理解するであろう。
○ 〜ことを当業者なら理解するであろう。

場所の副詞句が重なる場合は、前から大きな順に並んでいるので、前から順に訳します。

in the MSF at the designated location
*MSF内の指定された位置に

副詞句が時間順、位置順など順番に並んでいることがよくあります。例えば光や信号の経路を述べる場合です。この場合も当然順番どおりに訳します。

by sending messages via link adapter12 over fiber link14 through a switching system16
*リンク・アダプタ12を介しファイバ・リンク14を経て交換システム16を通ってメッセージを送ることにより

接続詞のhowever、接続副詞のtherefore、thenなどは英文で文中に置かれることがよくありますが、和文では文頭に持ってくるのが自然です。

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